【喫茶去.きっさこ

〔趙州録・下 より(お茶をお上がり)〕


茶の木はヒマラヤ以東の冷暖地に自生し、中国での喫茶は二千年の歴史があるといわれております。茶の葉を煎じ、薬用にしたことから今でも茶の湯の世界では、茶を飲む回数をという語を用います。

我が国では、奈良時代以来輸入されましたが、栄西が福岡県背振山に最初の茶園を開拓しています。

茶の湯の祖村田珠光も始めは茶を医療として服用しています。後に、京都大徳寺にて一休和尚に参禅し、服茶には作法が大切と痛感させられた。これが作法、つまり手前の始まりとされております一休が珠光に与えた公案が、この[喫茶去(お茶をお上がり)]です。

中国唐の時代の禅僧、趙州はしゅぎょうの練達者にも、未熟者にも差別することなく〔喫茶去〕と勧めるのです。
それは相手の身分に変わりなく勧める、お茶の味に高下は有りません。いわゆる〔一味〕なのです。
他の味をまじえない、一つの味という意味から、平等・無差別・純粋を意味するというのです。言いかえれば、無心になってお茶を勧めることが〔喫茶去〕です。

喫茶という日常生活、あたり前の行為も無心になって行じられたらそこに禅の心が脈動するのです。禅の心は【なりきる】とご老師は言われます。我々現代人は常に社会とは、自分とは、幸せとは、不幸せとは……といろんな事を考えております。 そこから誘引されるストレスを抱かえて日々生活をしております。

どんな時でも、どのような方からも〔まあ、お茶でも一服〕と言葉をかけられる。一瞬の言葉に肩の力が抜けるのか、幸せを感じるものです。

【なりきる】という心が【こだわるな】という心に変わるものです禅はこんなように教えてくれるのです。

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【 洗浄! 】

〔両辺を汚すこと莫れ!…(正法眼蔵から)〕


道元禅師の教えに由れば、便所は仏道修行者にとって大事な道場である…・・鎌倉時代、日本曹洞宗の宗祖・道元禅師の代表作に〔正法眼蔵〕という本があります。
その中に、という巻があります。洗浄とは心身を洗い清めるという意味であります。〔両辺を汚すこと莫れ〕という言葉は、そのの巻の中にでてきます。

両辺とは便器の両側のこと。要するにトイレを汚すなということですね。トイレは毎日お世話になるところです。そのトイレを汚すなということは、あたり前のことですね。
そういうあたり前のことを、自分の日常生活の中で具体的に行ってゆく----。それが道元禅師の教えと思われます。

さて、トイレの中では誰にも見られません。自分一人です。誰にも見られないトイレの中で、このあたり前のことを、どのように具体的に行っていくのか?というと、そう簡単なことではありませんね。
誰にも見られないところで行う自分の行(ぎょう)ですから。だからトイレは大事な修行をする道場なんですね。


〔きれいな玄関と床の間だけでは生活できないのですよね〕
そんな便所のありようが今までになく、哲学的に思えませんか?明朝から何を考えて便座に座りますか?


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炭の暖かさ…

炭は焼くというより燻してつくる

一般家庭ではめったに見られなくなったのが『炭』です。かつては炬燵や七輪、あるいは火鉢などに使われ、冬の暖房だけでなく焼き魚などの料理などにも欠かせないものでした。

現代人の感覚からすれば、例えば火鉢の炭がどれほどの暖房効果をもたらすかは疑問に思われますが、そもそも暖房に対する考え方が今と昔では違っていますね。

隙間だらけの家に火鉢を置いても、スチームやエアコンのような暖かさは到底望めません。では気休めかというとそうでも無いようです。手をかざすだけでも暖かさは確かに伝わり、鉄瓶のお湯がチンチンと沸いてくれば余計に気が和みます。

あるいは、赤々とおきた炭火をみてるだけでも、何か安心するものがあります。炭にはそういった親しみやすさと温もりがあるようです。

丹念に炭つぐ妻の老いのいけり

炭焼きとは言いますが、材料の木を焼いてしまう訳ではありません。焼いたら灰になってしまいます。炭は焼くのではなく正確に言うと燻すのです。
材料となるのはナラ、クヌギ、カシなどですが、マツやサクラ、ツバキなども使われます。良質のものは高温で作られ、緻密で火力も強くよく燃えます。カシの中でもとくにウバメガシと呼ばれる木は上質の炭となり、有名な備長炭がこの木で作られています。

炭が現代人と縁遠くなったのは住宅のせいでもあります。マンションや高気密住宅の室内で炭を使うと一酸化炭素中毒になってしまいます。昔の家はそんな心配もなかったのですが、その代わり暖房としてはいかにもささやかでした。その素朴さが、かえって炭への愛着を育てたのですね。

現代では損なわれた、『心』によってその暖かさが感じられる。匂い消し、浄化作用、湿気取りと単なるものとする我々は昔人の心に何を教えてもらうのだろうか?

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【菊と桜】

菊と桜、どちらが日本の国花でしょうか?


もちろん桜。菊はというと、菊は皇室の花なんだそうです。菊は梅・竹・欄とあわせて〔四君子〕と呼ばれ、その風格ある美しさは古来、東洋画の画題でも有りました。

渡来した頃の菊は、薬用であったらしい。もっとも諸病に効力があるという説は、菊が“効く”に通じるためであろうと思われる。それでも、菊の花びらを入れて作った〔菊枕〕があり、薫りが好く頭痛などに効力があるそうです。

そこで一句!

〜夜々むすぶ 夢の哀艶 きくまくら〜

意味の解からぬ方に解説?この場合のきくは「菊」に「聞く」がかけられておるのですな・…何か想像させるような色っぽい句ですな。

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【 成熟の艶・古川柳 】

現代では想像だにできない句・・


時は18世紀後半こと、江戸が政治の中心地であることに加えて文化の情報基地としても整備されてきた頃である。

世の中には「粋の手本」とか「通とは」などと、得意がる者がままあるものです。そして、ご丁寧に紙に書きつけてこれ見よがしに見せびらかす。そういう男たちがそんな江戸に出現した。

彼等が紙に書きつけた短い言葉、文字の数で俳句と同じ5・7・5合計17文字で、すなわち川柳という短歌であった。
川柳の作者たちは性を題材にした【ばれ句】と呼ばれる句を作った。秘すべき事柄を臆面もなく人前で詠むのは誠にスリリングな冒険でしょうが、それだけに粋志向、通志向を発揮するに格好な場なのでしょう。


【ばれ句】とは・…性に題材をとった川柳だから、とかく色眼鏡でみられがちになる。だからこそ、粋好み・通好みの発露に格好であり、また「洒落」や「うがち」を働かせるに都合がいいと言わねばなるまい。ばれ句が古川柳の本流とか、極地であるとはいえないが、古川柳の特徴を遺憾なく発揮した分野の一つであるといえますね。

“影法師 一つかくれる 膝まくら”

“下にして くれなと女房 せつながり”

“出合茶屋 二つにわれて 帰るなり”

“茶臼とは 美食のうえの 道具なり”

“夜ふけて 内儀ずいぶん ころし泣き”

“とっぷりと 暮れてと婿の 方でいい”

“入り婿は 聞かずに抜いて 叱られる”



【ばれ句】如何でしたか?味わっていただけましたでしょうか。

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【 江戸の古川柳 】

江戸下町では・・艶なことば


≪白魚の 力帆柱 引きおこし≫

≪口説くうち 倅落涙 つかまつり≫

≪あれさもう 牛の角文字 ゆがみ文字≫

≪その度に 死ぬと末期の 水をだし≫

≪死にますと いうはいきます 時の声≫

≪気遣りの 声は祭りの 渡るころ≫



『紫色雁高 我開令入給』
  (ししょくがんこう がかいれいにゅうきゅう)

歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」八段目、お軽と勘平・恋の道行きの場面。歌詞の一節であります。音読みにして謡うので、幕府当局も気付かず見逃したといわれ、今でも堂々と歌舞伎で歌われているのです。意味が分ったなら赤面モノですね…・・?


『栄耀栄華 湯開酒玉茎』
  (えいようえいがゆかいしゅぎょくけい)

ついでにこれも翻訳していただこうか!答えが知りたい方はご連絡を!


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【 蛸は何本足? 】

烏賊は10本・蛸は8本、単純ではないその数?


西洋人は蛸を“悪魔の魚”とよんで嫌い、一般に食用としない。しかし日本人は蛸が好きで、弥生時代から食用にしていたらしいとのことです。関西人は夏に蛸を刺身にしたり、煮て食べるが、関東の方は正月に酢蛸にして食べるのが粋だと思っているようだ。


そこで問題 !
蛸の足は何本でしょうか? 誰もが8本と答えますよね。


ある日、蛸が海岸で昼寝をしていた。そこへ猫がやって来て蛸の足を御馳走になりだした。鈍感な?蛸で、7本の足が食われるまで目をさまさない。

残り1本のところで気が付いた蛸は、陸では猫には敵わない!海へ退散!海の中へ「ドブ〜ン」と逃げこんだ。

振り返り、残った1本で手招きしながら猫に言ったのです。「おいで!おいで!」

でも、猫は言いましたね。「その手は食わぬ!…・」とね。

だから1本は“手”なんですね?


それは別として、蛸の雄の生殖器は体外にないので、交接に際しては雄は交接腕という手で精管というカプセルを体内から取り出して、雌の生殖器に注入するのです。
これこそ明らかに“手淫”デスよね!

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【 仏教の言葉 】

日本語に多い仏教語の紹介


《檀那・旦那》

温泉街でポン引きから「ちょっと!旦那」と呼びかけられても、気安く呼ぶな!と怒ってはいけません。
この「旦那」という語が、実はサンスクリット語起源の言葉なのです。サンスクリット語で“ダーナ”とは「布施」という意味なのです。
〜施しをする人〜これが我が国では旦那・檀那と言われる所以です。

寺院に属して、これにお布施する人や家を「檀家」・「檀徒」と言ったり、檀家の方からは、その属する寺を「檀那寺」と言いますね。この「檀」もダーナに由来することは明らかでしょう。

ともかくも、この「旦那」というのは立派な人なのである。「うちの旦那は…」という奥さん、旦那は偉いんですぞ!思い知ったか!

そう言えば、給料というお布施を家に持ってきてくれますし、夜は夜で“施し?”もしてくれますものね。


《六根清浄》

昔から山岳信仰の行者は登山の時に「六根清浄」の呪文を唱えた。一般の登山者にまで広まって、今日では「六根清浄・お山は晴天」が登山の時の掛け声のように思われているそうです。

俗説によりますと、この「六根清浄」がつづまって「どっこいしょ」の掛け声になったというのです。

「六根」と言うのは眼根・耳根・鼻根・舌根・身根・意根の六つの感覚器官である。
我々凡夫は様々な執着を起こしてしまいます。美しい女性を見れば眼根が我々の色慾の虜になってしまいます。よってこの六根を何時も清浄にしておかなければならない。「六根清浄」のいみである。

ちなみに?、「六根清浄」・「一根不清浄」というのがあります。眼・耳・鼻・舌・身・意の六根は清浄になっても、あの一根?だけは清浄にならぬという意味なのだそうです。

もちろんあの一根とは、男性にとっては男根、女性にとっては女根であることはいうまでもないことですよね。


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【春三夏六秋一無冬(しゅんさんなつろくあきいちむとう)

江戸の艶本“色道禁秘抄”によれば・…・


この諺の語感を先読みして、ニヤニヤしている方は相当な物知りというべきか?いな、相当なお好きな方?…であろうか。

さて主題の【春三夏六秋一無冬】の諺ですが、江戸時代の『卯花園漫録』に次のようにありました。
「春三夏六秋一無冬といふこと、是は魚の塩加減の事といふひとあり、書き留めおくなり。生魚に塩をするに、春は三分、夏は六分、秋は一分、冬は無塩にても魚はよくもつと云。」この説明は冷蔵庫のない江戸時代では妥当のように考えられる。

これでは話が少しも面白くもなくなってしまう。
そこで本棚から出してきた本『色道禁秘抄』に次のようにあった。これは算術家の論なるべし。その説を聞くに、二の段にて割り、一ヶ月におこなふべし淫事の回数にて。春三は三二が六にて月六度、夏六は二六の十二度、秋は二一の天作の五にて五度なり、無冬は間一当作の九にて月一度なりといふ。愚按には一夜にして夏の半を冬に廻して行なふべし。しかれども三十までの事にして、以後は臨機応変の行なひ可なり。

つまり数時を倍にして行い、農作物の天暦に従えばよく、夏は十二回になるので、その半分を冬に廻してよいという説である。まとめていえば、大体月に六・七回が適当……・であることになる。
まあ、考えてもみれば、交合好きな江戸の庶民、日が暮れて夜ともなれば何もする事がい夫婦にとってする事と云えば、そう貴殿と思いが一緒でしょう?。

前にも書きましたが、俳人一茶などは52歳で28歳のキクを娶り、子供欲しさの執念なのか、文化13年夏、毎晩のように三交ですよ、三交!  「三重交通だ!」なんて駄洒落言っている場合じゃないですぞ!

歳後に我がご同輩に、『茶飲み連れ 春一夏二秋無也』とあり、我々お年頃にもなれば、頑張ってもこの程度だということであるから、まずはご安心を。


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【瓢鮎図(ひょうねんず)

中国では“鮎”はなまず、魚編に69と書いたら


先日京都へ言ってまいりました。臨済宗妙心寺派総本山ですが、搭頭は本坊の周りを囲むように四十数院あります。その中の退蔵院を拝観してきましたが、庭園は枯山水の〔陰と陽の庭〕と池泉回遊式の〔余香苑〕、そして国宝〔瓢鮎図(ひょうねんず)〕があります。山水画の始祖ともいわれる如拙の作で瓢箪を持つ老人と川を泳ぐなまずの図です。彼の門流で雪舟がおり、狩野派に大きな影響を与えたといわれます。

〔瓢鮎図〕あれ?〔鮎という字ですよ〕、なまずは〔鯰〕ですよね。
“鮎”と書けば日本では“アユ”である。しかし中国では“なまず”と読むのですね。中国ではアユは“香魚(シュンエイ)”と呼ばれる。漢字は難しいですね。

アイナメという魚がいます。このアイナメは“鮎並”“鮎魚女”と表記される。どこといって似てはいないのだけれども・…・
アイナメは魚編“六九”とも書くのだけれども、実際にはそんなないので紙にでも書いてもらうより他ない。お解かりですかな?何故魚編に六九でアイナメなのか。
では魚編にアラビア数字で69と書いたら、もうお解かりですね。これ以上は説明できませんから誰かにでも聞いて下さい。

閑話休題、アユの話である。
鮎は年魚で、寿命は一年である。もっとも、雌の鮎には越年するのも珍しくはなく、人間に限らず鮎だって雌の方が長生きのようでもある。
海に下った稚鮎は沿岸域でプランクトンを食べ成長し、初夏にかけて遡上を始める。川底の珪藻などを食べるので川独特の香気を発散するするのである。

とはいえ、最近は半養殖といわれるものが多くなりまして、やはり天然ものでなければ…でもこれが結構解からない!随分と改良されたものですね。
これは最近の女性にも言えますね。半養殖とは言いませんが、俗にいうプチ整形といわれるもの。多いと聞きますね、姿・形ではなく、人間性が一番大事なのにねえ・…・これも結構解からない!

なほ、京都妙心寺の写真、ホームページの写真紀行 に少々掲載してあります。ご覧下さい。


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【かたつむりの話】

カタツムリは雌雄同体、食べれば?もなおるとか!


日本の梅雨は自然にとっても、また我々人間にとっっても大切と解かってはいてもこうもぐずついた雨模様が続くと気が滅入りますね。
“梅雨”といえば、昔日の頃(ガキの頃)いちじくの木を、のっそりのっそりと這ってゆくカタツムリ、雨の中じっと見ていた覚えがありませんか?

カタツムリ(蝸牛)とナメクジ(蛞蝓)は親類である層そそうな…・。カタツムリの殻を取ったのがナメクジであって、ナメクジの一種であるコウラナメクジは、その殻の名残を背中に持っている。
しかしいくら親類だからと云っても、カタツムリは可愛いがナメクジは気味が悪い。玩具の少なかった時代、子供達はヨクカタツムリと遊んだが、さすがナメクジと遊ぶ子供はいなかったであろう。

カタツムリの“蝸牛”という漢字表記は、角のような触角を振りたててにじり歩く姿が牛に似ているからといわれる。また異名が多く、カタツムリ、カタツブリ、デンデン虫、マイマイ等である。

さて本題に入ると致しますか…
かのカタツムリ君達は雌雄同体であり、すなわち雌雄両性の生殖器をもっているというのである。生殖機はおモに梅雨機で2匹のカタツムリがお互いに陰茎を挿入しあって交尾するというのである。しかも便利なことに、相手の見つからない時には自家受精もできるというすぐれものなのである。
それにしても、昆虫の世界は特に生殖の件に関しては不思議が多すぎますね。生物の増殖本能なのか、生存の智慧なのでしょうか…・?
(もっとも最近の人類のこの件に関しては、ある種理解を超えたものがよく観察され、少なくとも先進国といわれる国では確実に減少方向にいってるのは、単なる生殖から快楽への方向転換なのでしょうか。)

古くはカタツムリを焼いて食べると、寝小便が治り、またそのままたべてもよく、ものの本??に依れば包茎に効果がある・・という、何故なのか治るのだそうだ。

カタツムリが食用になることはよく知られている。フランス人は“食用カタツムリ“を“エスカルゴ“といってよく食べる。特にブルゴーニュ地方に産するものが最良とされ、葡萄の葉で育ったエスカルゴは最高だそうである。
因みに、私は未だ食べた事もありませんし、食べる気にもなりませんがね。

カタツムリの粘液にはアロエの汁液と似たタンパク質成分が含まれて、肌につけるとその成分が脂肪や汗を取り除き、肌がきれいになるという。カタツムリを顔や肌に這わせれば粘液がついてきれいになるというのである。
関心のある女性の方、一度お試しを!でも勇気があったならばですがね。


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