木之本から賤ケ岳トンネルを過ぎると左に琵琶湖が見える。今は、バイパス道路が通り国道八号線も便利となったが、私は飯ノ浦港より藤が崎を迂回して旧道を湖岸沿いに車を走らせた。もっとも北の奥琵琶湖といわれるところで、塩津浜には今も常夜燈が残っている。八号線を左折してJR湖西線に沿うように303号線を永原まで行く。
永原から敦賀へ向かう敦賀街道を深坂峠を過ぎて山門水源の森は片や敦賀湾へ、一方は琵琶湖への分水嶺である。県道大浦沓掛線はのどかに山道を走るのだが、その半ば山門(やまかど)の里に善隆寺はあった。周囲を山に囲まれたのどかな田畑は時の移ろいさえも感じることのない静かなところである。五月の空の柔らかな陽に、ひっそりと守られた秘仏を拝観できることに心は高まっていた。
善隆寺は現在浄土真宗の寺院であり、本堂には阿弥陀仏が尊坐されている。背後には小高い山がせり出してきて、その麓にあるのだが、天台の寺として創建され、後に延暦寺の末寺にもなっていたのである。
この善隆寺の境内にある「和蔵堂」に十一面観音立像と仏頭が祀られている。重文ということでお堂ではなく、別に建てられた蔵庫のようなところで見るのであるが・・・。管理を任されているということで生花も燈明も駄目という状態なのだが、それでも綺麗に整理された室内は時折たかれる香が優しさを更に感じさせます。
仏頭は阿弥陀如来のものということで、高さ60センチほどの一木造り平安時代の作であるという。かなりの大きさの如来であったはずである。
十一面観音は同じく平安時代の檜一木造りで、左手に宝瓶をもち、少し腰をひねって、流れるような裙(くん)の襞にわずかながら朱を残している。 衆生を導くという観音は右手を長くして、目を閉じた涼しげな表情は飾り気の無い素朴な味わいをみせている。
そして和蔵堂へ案内していただいた老婦のお顔がふと観音に似て、その優しさに嬉しさを覚えたのは私だけではないであろう。