西明寺  (さいみょうじ)  龍應山西明寺    天台宗
  

  滋賀県犬上郡甲良町池寺26   







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彦根を起点にして八日市方面に走る道路が国道306号線、通称近江グリーンロードといわれるもので主要道路のひとつである。彦根から少し走ると多賀大社がある。
古事記に「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐なり」とも記される古い社である。国生みの神話にいうところの伊邪那岐(イザナギ)と伊邪那美(イザナミ)の二柱を祀っているというのだ。それ故、この地方の方々は「お伊勢参らば、お多賀へ参れ、お伊勢お多賀の子でござる」と囃したという。

今回は、前日名古屋へ遊びに来た大津の友人久保氏を送りながらの寺行きであった。あいにくの空模様であったが雨が振らなかったのが幸いであった。途中醒ヶ井宿の川面に咲く梅花藻が流量の多さで見えづらかったが、一般道を走っていくとこうした地方の景色が迎えてくれるのを仲間と一緒に楽しんだ。

多賀大社の手前、道は二手に分かれて、左306号線は員弁から伊勢に向かって、右307号線は近江グリーンロードを延長、この街道筋に有名な“湖東三山”がある。

平安時代の勅願寺である、平安、鎌倉、室町時代と栄えていた山内十七の諸堂、そして僧坊などは信長の兵火のもと失った。しかし機転を利かした僧達は下の僧坊を燃やして全山焼失したと見せたのだと言う。信長の家臣丹羽長秀の兵たちも神仏に火を放つということは快くは思っていなかったのであろう、全山焼失と思い帰っていったという。

本堂、三重塔は国宝に指定されて今に健在である。この甲良町は江戸幕府の大棟梁・甲良宗広の誕生地。江戸城天守閣、日光東照宮、芝増上寺などを建築した名匠の誉れ高く「豊後守」を賜ったという。その先祖は甲良大工といわれるもので、諸堂はその手に拠るものである。

秋の紅葉の季節には美しい景色を見せてくれてたくさんの参詣者に溢れるのであるが、梅雨の間というこの季節はさすがに人の姿も少ない。それでも本坊の蓬莱庭を抜けて、二天門へ進む飛び石のあたりは草緑な苔が美しく、水分をたっぷりと蓄えて時々さしこむ陽を反射させていた。体にはじっとりとした空気がこの苔にはとってもいいのであろうことはこの美しさを見れば確かである。この苔は秋の紅葉にも劣らないと思うのだが…。




































 寺の地図
http://map.goo.ne.jp/map.php?MAP=E136.17.13.880N35.10.50.710


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