阿弥陀寺
  (あみだじ)     浄土真宗 



  滋賀県長浜市西浅井町菅浦   




 



 




 木之本から賎ケ岳の麓を敦賀に向かって進むと塩津街道である。   日本海へ来るにはこの八号線をよく走ったものであるが、今は走る車も少なくなって昔賑わっていたドライブインも閉鎖して寂しさをつのらせる。藤ケ崎は琵琶湖の一番奥まったところで、小さな漁村塩津港は静かであった。

奥琵琶湖パークウェイは湖の最北端に突き出た葛籠尾(つづらお)半島を縦走するドライブウェイである。眼下にキラキラと輝く琵琶湖を眺め、沖合いに霊島竹生島を眺めながら四季の変化を楽しむことのできる道路である。

菅浦の部落には、鎌倉時代から明治はじめまで集落の決まりを決めた「菅浦文庫」が残されている。室町時代には製作されたと思われるそうだが、今でも西と東の入り口に四足門という棟門がある。この門は四脚で四方の入り口に配置され、村への検察が行われていたと伝えられている。

また、その隣には須賀神社が石畳を美しく整えて並び、氏子は今でも崇拝の念が厚く、境内には履物を脱ぎ素足で参拝されると聞いている。第四十七代淳仁天皇の御稜跡とも謂われて、奈良皇居修復の折仮の宮として造営された「保良の宮」としても伝えられて、拝殿裏には淳仁天皇の舟形御稜である石積みがある。

集落の一番高いところに阿弥陀寺はあった。本尊を阿弥陀如来とする浄土真宗である。こうした小さな漁村ではいまでも信仰心は大変厚く、神と仏を祀るいわゆる神仏混淆が今でもあって、この阿弥陀寺の境内から村人達をあたかも守っているようであった。

このつづらお半島菅浦の村からは目の前に竹生島を見ることができた。琵琶湖と称するようになったのは奈良時代(元明天皇の頃)、近つ淡海を近江の字を当てた以後であろう。竹生島に弁才天を祀ったために琵琶を連想したからではないかともいわれるが…。












































































































 寺の地図
http://map.goo.ne.jp/map.php?MAP=E136.8.41.110N35.27.20.280 です。


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